カテゴリー別アーカイブ: 耶馬渓情報

雲与橋

大分県中津市耶馬渓町発の『雲与橋』(小冊子)の最新号が発売されました!
今回は2015年5月から2016年2月までの耶馬渓ローカルな情報が綴られています。

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耶馬渓での行事や出来事が書かれたこの冊子は、下郷地区の地元の方や、移住してきた人達が協力して作っています。

そして今回は1ページ目の見開きを妻のジャスミンがクレヨンと鉛筆で描きました。
もともと絵を描くのが好きだったようですが、震災後の移住、新しい土地での生活や母親としての暮らしに本人も絵を描く暇がありませんでした。

娘の寝ている時間を使い、時には大きな声で娘と格闘の末、完成した絵をジャスミンも本当に喜んでいる姿が嬉しかったです。

今回の『雲与橋』は”たべること”を中心に人やレシピ、お店の情報などが綴られています。

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floating farmも載せていただいております。(去年の夏に撮影したので娘が小さい笑)
下郷たべるMAPもついており、耶馬渓に遊びに来た際には活躍すること間違い無しです。

大切なことに耳を傾け、発信する『雲与橋』
興味があるかたはこちらの下郷村フェイスブックページから注文してください。


周辺案内

大分県の北部に位置する耶馬渓の下郷地区。
下郷農協(設立 1948年)という農協があり、野菜や米、加工品など無農薬、有機栽培、オーガニックに意識がある人達が多い地区です。

2011年の東日本大震災を受け、日本各地から耶馬渓にも移住者が多く移り住んでおり、交流やイベントなども行なっています。

紅葉の景勝地でもあり周辺には温泉施設なども充実しています。
土地は中山間地で寒暖差があり作物もおいしいのが特徴です。

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飲食店、SHOP案内(※営業日要確認)

《中津近郊》

直販所

 

温泉案内

 

周辺アミューズメント


あふりかんじゃんぐる

5月に入ってから、日中の温度が一気にあがり畑の土が1日でカラカラに干上がってしまうこの頃、野菜達が水をやるたびに一気に生き生きとする喜びを充実しています。
今日は午前中、父ちゃん田んぼで母ちゃん午後から豆岳さん。その間父ちゃん子守りといった具合で家族や周りの人達共々支え合っていきてます。

さて、昨晩ひらかれた『しきろ庵』でのアフリカンナイト。子ども達が絶好調で遊べるいいイベントで、沖縄から来たgajaco&masatoさんやfolikanのタカオさん、いい時間をありがとうございます!

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また耶馬渓での遊びを楽しみにしています!
地元消防団の指導員ケンヌキさんやご近所のエブチさん、原さんもいい笑顔で見てくれていたのも凄く温かかったです。

folikanのタカオさんは『アフリカンジャングル』という障害を抱えた人達を支える活動もされているそうで、アフリカンミュージックをキッカケに障害をもった人達に希望を与えるワークショップもされています。
※要check it out!!

そして『しきろ庵』の心太くんは3歳から陶芸をしているそうで、作品のクオリティは素晴らしく、出される料理がひと際引き立つ感じが料理含めて作品感の大事さを勉強させてもらいますね。

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そして、今日も家に帰り着き一息ついていると集落の重鎮達からのカラオケBBQ会のお誘いが、、、W
カラオケで盛り上がりながらも地元の高齢化や過疎化の問題をつくづく教えてもらってます。

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一つ一つの繋がりを大切に、地元も移住者も分かち合い活気ある地域を発信していける事を今日も切に願う日であります。


山桜きれいですね〜

耶馬渓の桜はまだ7分咲きくらいなので花見はこれから♪

ここ最近は晴れ間が続いた為、雨が降る前に色々と畑の作業を進めています。
人参や大根も種をまき里芋もなんとか植え付けました。

そんでもって、来ました!
タケノコさん☆
まだ小さいですが今からドンドン出てきます。
(写真はやかた田舎の学校岩渕さんの山にて採らせていただきました)
うちの裏山もチェックしないと!

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そして以前蒔いた九条ネギやカボチャもすくすく育っています。
今年は苗作りが相当面白くて愛情かけちゃってます。
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ポストカードや野菜セット販売などのHP制作なども考えていて今は準備が着々と進みつつあります。
ポストカードもブログに載せようかとおもいましたが、ジャスミンからお楽しみにしたいという事で止められ
ウズウズしています(笑)
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皆さんのお手元に届く時をお楽しみに!


地域の紹介(下郷農協編)

下郷小学校の横に位置する下郷農協。

下郷農協の取り組み(リンクより引用抜粋)

営農方針
行政や系統に反発して、少量多品目生産である。ハウスを使わず露地栽培し、機械化せず、家族経営を守っている。大規模化は危険と裏腹である。加工品には添加物、化学調味料を使わない。現在の農産品は180種、230品目である。鶏は3000羽以下しか認めない。人の手でやれる範囲に押さえる。減反はしない。

 

購買事業
下郷農協には系統を通じて買うという原則はない。段ボールなどは系統一本で買う農協が多いが、下郷農協の基準は価格であり、安い方を買う。系統は無視に近い。農家に負担をかけることはできない。そこが考え方の根本である。

 

産直、価格保障
牛肉の自由化で、外国の農産物が入ってくると、何を売ってもダメで、生産意欲が沸く価格になっていない。下郷農協では農家の価格保障をしている。農家がダメになる農協は、結局農協もダメになる。ほとんどの農家は市場流通の中に生産物を流す。市場は農家の生産の努力を無視し、ものの価値を判断しない。下郷農協は価格保障をしており、値段は積上げ方式により決める(毎年2月頃)。原価を積み上げ、消費者に理解してもらって、買ってもらう。市場価格ではない。市場の評価では農家の生活は守れない。

 

信用事業
預金は、普通の農協では運用できず、系統に委ねているが、下郷農協では自主運用している。資金は生産に直結するものに貸すが、それ以外には貸さない主義。こういう方向性を打ち出したときは反発もあった。農家が負担しても返せるように考えることが大切だ。下郷農協に不良債権はない。キャッシュ主義。月末に貸付を完全回収するため、金集めに回る。これが農家に負担をかけないことにつながっている。

 

設立  1948年6月7日設立。1つの村に2農協ができる。小作人・貧乏人の下郷農協と地主・金持ちの第一農協である。地主の支配意識が強い集落なので、貧乏人の農協を潰すために作られたようなものだ。初めは木炭、米、麦を扱う。

産直
1953年に長野から若者が集団で鎌城(かまき)地区(標高350m)に入植した。第一農協や行政が相手にしないので、結局、下郷農協が相談にのり、彼らの生産する牛乳の販売が経済事業を始めるきっかけとなった。下郷農協で1本10円の牛乳プラントを作る。下郷から出て行った2~3男がいる北九州を中心に販売にいった。牛乳だけ運ぶのではなく、ぜんまい、いもなどの産品ものせて、消費者に届けた。消費者との交流も始めた。今では北九州まで1時間でいけるが、当時は3時間かかった。職員とトラックを使うので、1本10円の牛乳を運んでも採算が取れない。そこで漬け物、ベーコンなどの加工事業に着手した。キュウリのもろみ漬けが炭鉱労働者に爆発的に売れた。下郷農協は「農薬を使わない」「化学肥料を使わない」農業を消費者に提案し、歓迎された。有吉佐和子の「複合汚染」がベストセラーになった頃で、下郷農協の農産加工品が消費者の中に受け入れられていき、毎年30~40%の売上増になった。

農協の歴史は合併の歴史である。大分県では59農協が合併で現在23農協になり、将来11~12農協を目標としている。2000年度で合併推進計画が終わるので、本年度までに合併しないと助成が受けられないと脅かされる。大分県では最終的に17~18農協になりそうだ。経済事業で経営のよい農協は合併せずに残る。合併は農協の生き残りであって、農民のためにはならない。下郷農協は合併に反対するだろうということで、組合長が県北部の合併推進委員長に担ぎ出された。県北7農協のうち6農協が合併したが、下郷農協は臨時総会で合併を否決した(1991年)。合併すると中津が本所となり、従来の本所が支所となり、重要問題になると本所(中津)にお伺いを立てなければならず、非常に不便になる。組合員が相談にきても対応できない。昔の本所の機能が維持できない。合併すると事務も簡素化されるから、当然リストラをする。組合員の農協離れが進む。最近、合併農協から下郷農協に入りたいという人が増えている。「下郷農協」は昔からの名前で、「JA」とは名乗らない。下郷農協は経済事業中心にやっているが、合併する農協は貯金と共済が中心で、農家が潰れても、農協は残るという政策だ。現在の市場価格を前提とし、2割を農協の手数料とすると、農家の手取りは僅かになる。農産物の市場は崩壊し、そのうち卸という機能は消えてしまう。合併を促進しているのが県であり、農協中央会であり、補助金と一体なので、合併を拒否すれば、農家への助成事業は制約を受ける。

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